「わたし」 山田 まさこ 様
幼少の頃から裕福で、我が家は絆が強く仲が良く普通の幸せな家庭だと思っていました。しかし今思うと、それは勘違いだったのかもしれません。
真実は一人一人の胸中にしか判らない事なので答えはありません。
そんな迷い悩んでいた頃、私は紫雲先生と出逢いました。
お会いした頃は最悪の状態だったのですが、今思えば相談していても自分の悪さに気付けずにいました。
その頃の私は自分の主張ばかりで、紫雲先生の言葉に耳を傾ける事が出来ませんでした。しかし、私の身体は正直に反応しています。
顔にはシミ、腰は痛み、悪い時には立ち上がることも出来ない、食欲もなく痩せていきました。
でも私にはそれが何年も続いている普通の状態だったので何を言われても気付けず、納得出来なかったのが現実です。そんな私に更なる試練が起ったのです。
三才半になる孫の大病です。五十万人に一人、長崎県で二例目。もう目の前は真っ暗闇になり、私は絶望感の中で、どうして孫が・・・どうしてと思い、死の恐怖に誰かに助けてほしい、誰かに支えてほしいと思いました。しかし弱音を吐く時間はありません。
この子の命が救える方法、必ず四才の誕生日を迎える!それだけが私の目標となり、それだけを願い・・・孫の闘病生活を支える事に集中しました。
紫雲先生は「必ず元気になる」と何度も言ってくださいました。
そして手術の時には孫に力を与えてくださりました。
私は先生の「大丈夫」という言葉を信じました。
先生の言葉で気持ちが楽になり安心する事が出来ました。
孫の病気は治療の効果があり、今は転移もなく元気に日常生活を過ごしています。
今までの私は何が大切で、何が必要なのかも理解できず間違っていました。
命があり、普通の生活ができる・・・それすら重要視していない。
情けない限りです。私は孫に救われ、先生に助けてもらいました。
孫は、紫雲先生をはじめ、お医者さんや看護師さんなど多くの人に助けて頂きました。
今はとても幸せな日々を過ごせ、今が一番人間らしい生き方をしているのかもしれません。
私は残りの人生を「生きたい人の命を救う」手助けをしながら、少しでも恩返しをしたいと思っています。私に何ができるのか、判りませんが一生懸命努めたいです。
最後にこのような考えを私に与えてくれた孫は私の宝物です
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